実家の押入れを片づける、、、と、云うので手伝いに行きました。
出てくる出てくる懐かしい品々。
中に沢山の紙類。
ほとんどが40~50年前のもの。
几帳面だった父の性格そのものに、しわも寄らず丁寧にしまわれていました。
流石に表はシミが出ていましたが、中はまだ十分使えるもの。
一つづつ拡げると、、、、
先ずは、、、今は使われていない長さのもの。
幅も全紙や半切ではなく、多かったのが”蓮落ち”と、云われるサイズ。
何故か全紙よりもかなり幅広いものもありました。
(大雅箋と言われるものよりももっと大きい!)
気にもしませんでしたが書道界にも流行があり、
その時代だけに使われていた特別のサイズと云うものがあったようです。
中にお宝?が、、、
今は珍しい虎皮宣と呼ばれるもの。
(写真 ピンクの紙に白の水玉様)
一時期流行った文様が入ったものや、当時なかなか手に入らなかった玉版宣など。
蝋箋も少し、、、
人が亡くなるとその人の持つ文化のようなものも一緒に消滅します。
もしかして誰かがその何かを受け継ぐことが出来るのなら
それは故人にとっても喜ばしい事かも。
紙についてちょっと調べました。
宣紙、、、紙質の細密さを誇った宣紙は中国安徽省の宣城の生産。
柔軟にして潔白。しかも久しく変色しない。
*王羲之は蘭亭叙に蠶繭紙(さんけんし)を用いたと伝えられているが、その紙の表面が蠶の繭に似た柔らかみのあることから、その名で呼ばれたのではないか?と、、、
玉版宣玉版紙】 (ぎょくばんし) 玉版宣(ぎょくばんせん)、玉版箋(ぎょくばんせん)
玉版、あるいは玉版紙は、もとは白玉のように白くなめらかな光沢のある紙という意味で、唐代、宋代においては高級紙の代名詞であった。
現存の蒐集品などから推測すると、清朝から民国時代においては、やや厚手の二層以上の高級な煮捶箋の一種がこれに該当すると考えられる。
1970年代まで造られていた北京栄豊齋の「A級二層玉版」は、蝋を添加し、加圧した加工紙であった。
現代では宣紙の中でも上質な紙を「玉版」あるいは「玉版紙」と呼ぶことが多く、その場合の「玉版」は主に生箋である。
蝋紙】 (ろうし) 蝋箋
蝋を塗布した熟箋(加工紙)。
蝋には蟻科の昆虫から採取される蝋が使用される。
玉版紙などの半熟箋の紙の加工にも蝋の塗布が施されるが、一般に蝋箋と呼ばれるのは熟箋である。
さらに胡粉や顔料をもちいて、さまざまに着色した紙は特に粉蝋箋と言う。
唐代には黄檗で黄色く染めた麻紙に蝋を塗布し、墨が滲まず半透明に透けた紙がつくられ、模本(敷き写しによる複製)作りに広く利用された。
蝋によって紙が透けると同時に、下敷きにした原本が汚されないのである。
また本来凹凸の多い紙の表面が蝋の様に滑らかになり、繊細な筆致の輪郭も正確に写し取ることが可能になる。黄檗で染めない硬白紙(あるいは白蝋紙という)もあった。
(私も数枚の蝋箋を持っていますがその華やかな色、柄に恐れをなし、まだ手をつけられずにいます。
何時の日か、、、、紙に負けないような作品を作りたいと思っています)
大切にしまわれてきた物に光を当てそれを活かすことが出来たら
そして、もしかしたらその役目が私に回ってきたのなら、、、、
ちょっと責任のようなものを感じました。
コメント