かの地の通貨はドン、実はこれは日本の銅銭、かの寛永通宝と関係が深いとききました。
16,7世紀の朱印船貿易で日本製の良質の銅貨が基軸通貨の一つとして通用したとか、
日本とベトナム、思わぬことで繋がっていました。
そしていよいよ目的の日本橋、、、
当時の日本人街の名残の橋が今も残り、外観は中国風?(ベトナム風?)でも中に入るとあちこちに日本風の造りが残っていました。
橋を渡り、一歩足を踏み出すとそこには見覚えのある町屋がならんで、、、、
瓦の大屋根も、軒を並べる二階家も、
往時の日本人はそこでどんな生活をしていたのでしょうか?なんだかワクワク、、、です。
部屋に入ると飾り棚に安南焼きを発見!
あの憧れの安南ブルーに胸が震え、遠いと思っていた両国は意外にも近くに。
何人もの遣唐使が帰国途上に難破、安南にたどり着きそこで数年を過ごしたとか(あの阿倍仲麻呂も7年もいたそうです)、、、
また、日本の雅楽もそのルーツをたどれば来日したベトナム僧の伎楽にあるとか。
なんだか調べると日本とベトナムの関係は思ったよりも深いようです。
*参照 向井啓二著 「日本とベトナムの交流史」
「知らぬ他国」と、言いますが知らぬと思っていたのはこちらの知識が足りぬからで、実は他国は他国ではなく、限りなく自国と繋がっていたお仲間だったようです。
文化の違いは其処を探れば深いところで繋がっていて、その心は同じ?
心さえあれば自ずと伝わる何かが、、、ある?のかもしれません。
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